ホリエモン旋風
04年2月、堀江前社長は最多のユーザー数を誇る無料プロバイダの知名度に目を付け、社名を「ライブドア」に変更した。そして同年の球団買収構想や楽天との新規参入抗争などで、その名を全国に知らしめることになる。
「たかが選手」と発言して、プロ野球ファンから反感を買った渡辺恒雄読売グループ会長に堂々と対峙する型破りの若者は、ファンから救世主として期待を受ける。根回しが上手な楽天より、損な役回りのライブドアにファンの支持が集まるのも当然だった。世間の論理やしがらみに縛られず、決して相手に媚びない『坊ちゃん』(夏目漱石)と重ねて俺も見守った。
しかし、05年の2月から4月にかけてのニッポン放送の経営権をかけたフジテレビとのやりとりは、懐疑的にならざるを得なかった。東京高裁などが違法ではないと判断したとはいえ、時間外取引は「法の抜け穴」と指摘された。
それに加え、堀江前社長の価値観を象徴する発言や著書の記述に違和感を覚えた。「人間はお金を見ると豹変します。豹変する瞬間が面白い」(『稼ぐが勝ち』)。
しかし、ホリエモンは多くの人の心を捉えた。旧体制に風穴を開ける改革の旗手として。彼を持ち上げたのはテレビばかりではなく、「宮沢喜一元首相や塩川正十郎元財務相、故後藤田正晴元官房長官など経験豊かな政治家OBも歓迎した」(06年1月24日産経新聞社説)というから、人々が心酔するのも無理からぬことであった。
9月の衆院総選挙に無所属でありながらも、自民党──地滑り的な大勝を挙げることになる──から事実上の、それも破格の公認を受け出馬した堀江前社長は、「時代の寵児」として一層の注目を浴びる。マスコミは彼の一挙手一投足を追いかけた。「票」「株価」「視聴率」三者の利害が合致した。無縁の地での立候補でありながら八万票を超える票を集めたのは、もはや驚くことではなかった。
こうしてホリエモン旋風は全国を駆け巡った。
ホリエモン逮捕
多くの報道関係者に取り囲まれながら、約15人の係官が六本木ヒルズに入り、一時騒然とした。06年1月16日、東京地検特捜部がライブドア本社や堀江前社長の自宅などを家宅捜索した。
非常に驚いた。だが、さもありなんといった印象だった。
というのも堀江前社長は以前から記者会見などで、「法律には不備がある」が「合法なら許される」と述べ、グレーゾーンで勝負していることを公言していたから、これは素人の俺にも訝しく思われた。
家宅捜索からわずか一週間後の23日、特捜部は証券取引法違反事件で堀江前社長を逮捕した。
「堀江社長らには、二つ容疑がある。ライブドア本体や関連会社『ライブドアマーケティング』(LDM、当時バリュークリックジャパン)が買収済みの企業6社を『これから買収する』と発表して市場をあざむいた証券取引法違反(偽計、風説の流布)と、粉飾決算を行った同法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いだ」(1月24日毎日新聞朝刊)
しかし、どうやらこの事件はこれだけで終わりそうにない。29日の各新聞紙面には、「資金洗浄」、「インサイダー取引か」という記事が掲載された。
さらに29日の徳島新聞朝刊に、28日の民主党北海道大会であいさつした鳩山由紀夫幹事長の同事件についての指摘が載っていた。「あのよく目に見えていない投資事業組合に自民党の国会議員がかかわっていた可能性が極めて濃くなっている」。
一大疑獄事件に変貌するかもしれないと考えるのは、まんざら突拍子もない話ではないようだ。
値上がり確実とされた未公開株を譲渡し、政官業癒着の錬金術が88年朝日新聞のスクープで明るみになったリクルート事件を想起する。
ライブドアの教訓
ライブドアが社会に突きつけたものは一体何だったのだろうか。
自民党が選挙でホリエモンを担ぎ出したことか。
「ライブドアショック」で東証システムの脆弱性を暴き、見直しを迫ったことか。錬金術を見抜けなかった証券監視委の存在意義を問うたことか。
どれも冷静に考えなければならないが、最も注目したいのは「グローバル・スタンダード(=アメリカ的価値観)」の欺瞞に関心が寄せられたことである。
政府はこれまでアメリカをモデルとし、市場原理主義を推し進めてきた。ライブドアなどによる一連の「M&A劇場」が敵対的買収新時代の到来を告げ、「会社は誰のものか」という議論が物議騒然とした。
今年四月に控える会社法改正で、外国企業による日本企業買収が容易になるそうだ。買収防止策の王道は株価を上げ株式時価総額を上げることだ。経営者は株価上昇に一層心血を注がねばならなくなる。
経済評論家の内橋克人氏は21日の朝日新聞朝刊で、「『グローバル・スタンダード』なる和製英語が、社会規範や節度、倫理を足蹴にする免罪符として使われた。法の不備を突く魂なき知略に『時代のヒーロー』の称号を与えたメディアに恥じるところはないのだろうか」と鋭く指摘し、「マネー・ゲームのつかの間の勝者に国民の敬意を凝集させるような政治でなく、労働の正当な報酬とは何かを明示できる政治こそ、21世紀日本のものでなければならない」と語る。
グローバル化の反作用
民主主義より武士道精神を 英語より日本語を と唱え、欧米の論理、市場原理主義を批判する数学者藤原正彦教授の『国家の品格』が今売れている。
小泉構造改革がアメリカの要望によって成され、アメリカのための「改革」であることを分析する『国富消尽』(吉川元忠氏・関岡英之氏共著)は、アングロ・サクソン的個人主義に異論を掲げ、グローバリズムに対抗する思想が必要だという。
愛国、憂国の情あふれる両書が反響を呼んでいるということは、グローバル化の反作用だといえる。
ニュートンの運動の第三法則(作用・反作用の法則)──AがBを押すとBがAを同じ力で押し返す──に当てはめると、アメリカの圧力が強固なほど国益論が高まることになる。反日デモが嫌中感を掻き立て、首相の靖国参拝が反日感情を煽るのもこれだ。
視野を広げ、冷静に判断しなければならない。
* * *
臆面もなく「人の心はお金で買える」と言って憚らない。勝ち組の代表格が逮捕されたことは、不謹慎かもしれないが快哉を叫ぶ思いであるというのが本音だ。しかしながら、拝金主義はホリエモンだけではない。グローバル・スタンダードの名の下、社会全体が羞恥心を捨て「お金礼讃」を是認する傾向にある。ヒルズ族の台頭は時代の写し絵に他ならない。
なぜライブドアだけがとの思いもある。「見せしめ」との考えも検察にはあっただろう。
ほとんどの真面目に働いている同社の社員は、「汗をかかずに金を儲けている」とテレビの評論家に批判されている。プログラマーやシステムエンジニアがどれだけきつい業務をこなしているか分かっていないのだろう。堀江前社長らはマネー・ゲームに熱中したとのそしりを免れえないが、社員らは何も悪くないはずだ。
東証マザーズ管理ポスト──。
新聞の株価欄を開くと、そこにライブドアの名前を見つけることができる。有名無実の株価は地に堕ちた。同情の念を禁じえない。
科学革命の完成者ニュートンが、錬金術を熱心に研究したことは有名だ。だが神の恩寵は、錬金術や永久機関にまでは及ばなかった。
確かに「人の心はお金で買える」かもしれないが、買った心はすぐに離れてしまう。
幸福とは何か。
生きる喜びとは何か。
ホリエモンはそれを考える契機を与えた。
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